パリ5区、カルチエ・ラタンの中心にあるクリュニー美術館(正式名称:クリュニー国立中世美術館)は、フランス唯一の国立中世美術館です。ここには中世美術の最高傑作とされるタペストリー「貴婦人と一角獣(La Dame à la licorne)」の実物6点が所蔵されています。
実はこのタペストリー、映画『ハリー・ポッター』シリーズでグリフィンドールの談話室の壁を飾っていたタペストリーのモデルです。ホグワーツの暖炉のそばに掛かっていた深紅の壁掛けの「本物」が、パリで見られるのです。
さらに『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』の舞台もパリ。
同作に登場する錬金術師ニコラス・フラメルの墓碑を所蔵するのもこの美術館で、2027年1月24日まではフラメルをテーマにした企画展も開催中です。パリのファンタビロケ地めぐりの途中に立ち寄りたい、魔法ワールドのファンにとって特別な美術館を紹介します。
概要

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建物自体も見どころで、古代ローマの浴場跡と、1500年頃に建てられたクリュニー修道院長の邸宅(オテル・ド・クリュニー)という2つの歴史的建造物がそのまま美術館になっています。
2015年から続いた大規模改修「Cluny 4」を終え、2020年9月からの全館休館を経て2022年5月12日にリニューアルオープン。展示は時代順のルートに生まれ変わり、全館バリアフリーになりました。
見どころ
「貴婦人と一角獣」のタペストリー

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美術館の至宝が、1500年頃に制作された6面の連作タペストリー「貴婦人と一角獣」です。羊毛と絹で織られ、下絵(原画)はパリの画家ジャン・ディーヴル(Jean d'Ypres)に帰属すると展示解説にあります。織り上げた土地は南ネーデルラント(現在のベルギー)かパリとされ、リヨンの有力家系ル・ヴィスト家の紋章が各面に織り込まれています。ル・ヴィスト家が注文主で、その最盛期(1490〜1530年頃)と制作時期が重なります。
6面のうち5面は「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」という人間の五感を表しています。深紅の地に無数の草花を散らした「ミルフルール(千花文様)」の世界に、貴婦人と侍女、ライオンと一角獣が描かれます。現地の解説パネルをもとに、6面それぞれの場面を紹介します。
- 触覚(Le Toucher):ベルベットのドレスを着た貴婦人が、ル・ヴィスト家の旗と一角獣の角を握る場面。ライオンは少し離れて座り、野生動物たちが「触れる」という身体的な感覚を強調します
- 味覚(Le Goût):貴婦人と侍女が小鳥にお菓子をあげる場面。ライオンと一角獣が両側で立ち上がり、ライオンの持つ旗と貴婦人の薄いヴェールが春の風になびきます
- 嗅覚(L'Odorat):貴婦人が香りのよい花の冠を編む場面。侍女が見守る前で編まれます。全ての面に共通して描かれる木々(オレンジ、樫、松、柊)が背景にあります
- 聴覚(L'Ouïe):貴婦人と侍女が、布を敷いたテーブルの上のオルガンを奏でる場面。ライオンと一角獣は中央の場面に背を向けています。衣服の質感や宝飾、髪型の細部は下絵画家のデザインを織りで再現したものと解説されています
- 視覚(La Vue):6面の中で最も簡素な構成で、木は2本、旗はライオンが持つ1本だけ。貴婦人に引き寄せられた一角獣が、貴婦人の手鏡に映る自分の姿を見つめます。中世の動物誌には「若い女性だけが一角獣を捕らえられる」と記されていたそうです
- 我が唯一の望み(Mon seul désir):開かれたテントの前に立つ貴婦人を大きく描く1面。テントを用いる構図は、王子や聖人、聖母を際立たせるための手法でした
残る1面「我が唯一の望み(À mon seul désir)」は、テントに掲げられた銘文がイニシャル「A」と「I」に挟まれた謎の場面です。貴婦人が首飾りを手にするこの1面が何を意味するのかは今も解釈が分かれますが、展示解説では「第6の感覚、すなわち心(道徳的・精神的な感覚)」を表す可能性が紹介されています。1402年に神学者ジャン・ジェルソンが残した「感覚は6つ。5つは外に、1つは内にあり、それが心である」という言葉も、現地のリーフレットに引用されています。
織りの技術も見どころです。使用された色は約30色で、アカネの赤、モクセイソウの黄、藍の青といった中世末期では一般的な天然染料に加え、地衣類から取る暗い紫のような珍しい色も使われています。各色は明・中・暗の3段階の濃淡で使い分けられ、小さなパンジーの花の中だけでも最大5色が使われているそうです。裏面のほうが当時の色がよく残っていて、表面では緑が黄色の抜け落ちによって青寄りに退色している、という解説も現地で読めます。表と裏の色の違いを意識して見ると面白い作品です。
この連作は長くブサック城(フランス中部クルーズ県)にあり、19世紀には市庁舎の片隅で傷んだ状態にあった時期もあったそうです。1841年に作家プロスペル・メリメが保存状態を報告して国の取得を働きかけ、1882年に美術館が取得しました。その後も修復が重ねられ、2012〜2013年にはほこりの除去、洗浄、織りの補強と新しい裏地の取り付けという大規模な修復が行われました。光量を落とした円形の専用展示室で6面をぐるりと見渡す展示は圧巻で、この展示室も2013年にリニューアルされています。
古代ローマの浴場跡(テルム)
美術館の敷地には、古代ローマ時代の都市リュテス(パリの前身)の浴場跡が残っています。
特に冷水室(フリギダリウム)は高いヴォールト天井を持つ大空間で、当時の姿をとどめる貴重な遺構です。中世の邸宅とローマ遺跡が一体になった美術館は、世界でもここだけと言われます。
「ユニコーンの角」と伝わるイッカクの牙

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もう1つ、ファンなら足が止まる展示があります。「ユニコーンの角」として伝わったイッカクの牙です。
実物はイッカク(クジラの仲間)の左上の門歯で、サン=ドニ修道院の宝物だったもの。1505年以降の宝物目録に記された品とみられ、中世では「ユニコーンの角」として、病を防ぐ力があると珍重されたそうです。
台座には銀の装飾が付いていました。作中でもユニコーンの角は魔法薬の材料として知られる素材。その「本物」とされてきた品が、タペストリーのすぐ近くに展示されています。
そのほかの所蔵品
ノートルダム大聖堂のファサードを飾っていた王たちの彫像、サント=シャペルのステンドグラス、金細工や象牙彫刻、写本など、古代末期から1500年頃までの約1,600点が展示されています(収蔵点数はそれ以上)。中世の工芸の質の高さを間近で感じられるコレクションです。
そしてファンとして見逃せないのが、ニコラス・フラメルの墓碑(エピタフ)です。14〜15世紀のパリで活躍した写本商・篤志家だったフラメルの実在を示す痕跡のひとつが、この美術館に残されています。
企画展「ニコラス・フラメル、紙の錬金術師」開催中
2026年10月13日から2027年1月24日まで、企画展「Nicolas Flamel, alchimiste de papier(ニコラス・フラメル、紙の錬金術師)」が開催中です。
フラメルの墓碑を起点に、1416年の遺言書(初公開)や古文書、写本など約50点で、「賢者の石を作った不老不死の錬金術師」という伝説がどのように生まれたのか、実在の人物フラメルの姿に迫る展示です。
『ハリー・ポッターと賢者の石』や『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』に登場するフラメルの「実際の姿」を知るまたとない機会なので、会期中にパリへ行く方は常設展とあわせてどうぞ。
映画の中のタペストリー
グリフィンドール談話室の壁掛けのモデル
映画『ハリー・ポッター』シリーズで、ホグワーツのグリフィンドール談話室の石壁を覆っていた深紅のタペストリー。あの壁掛けは、「貴婦人と一角獣」の複製です。
Wizarding World公式サイトに掲載された映画美術の解説(「Harry Potter Page to Screen」からの抜粋)でも、談話室の壁のタペストリーはクリュニー美術館所蔵の中世タペストリー「貴婦人と一角獣」の複製で、グリフィンドールの色である赤と金によく合った、と紹介されています。談話室の場面を思い浮かべながら実物を眺めると、画面越しに見ていた「あの部屋」の質感がぐっと立体的に感じられます。
談話室のセットそのものは、ワーナー・ブラザース スタジオツアー・ロンドンで実物を見ることができます。
セットの壁にもタペストリーが掛かっているので、ロンドンで「映画の中のタペストリー」を見て、パリで「本物のタペストリー」を見る、という巡り方がおすすめです。スタジオツアー・ロンドンの詳しい回り方は、こちらの記事で紹介しています。
ワーナー・ブラザース スタジオツアー・ロンドンの完全ガイドはこちら
パリのファンタビロケ地めぐりとの組み合わせ
クリュニー美術館のあるカルチエ・ラタンは、セーヌ川を挟んでシテ島やサンジェルマン界隈にも近く、パリ市内のほかのハリポタ/ファンタビゆかりのスポットと組み合わせやすい立地です。
- ペール・ラシェーズ墓地:レストレンジ家の墓のモデルがある、ファンタビ第2作のクライマックスの地。メトロで15分ほど
- フュルステンベルグ広場:フランス魔法省の入口がある通りとして登場。クリュニーから徒歩圏内のサンジェルマン・デ・プレ地区
- グラン・パレ:サーカス・アルカヌスの場面で知られるパリの象徴的な建物
- パレ・ガルニエ(オペラ座):ファンタビのパリの場面に登場する壮麗な劇場
午前中にクリュニー美術館でタペストリーとフラメル展をじっくり見て、午後はサンジェルマンからセーヌ川沿いにロケ地を歩く、という1日コースが組みやすいはずです。
まとめ
クリュニー美術館は、グリフィンドール談話室のタペストリーの「本物」と、ニコラス・フラメルの実在の痕跡に会える、魔法ワールドのファンにとって特別な美術館です。
ローマ時代の浴場跡という建物自体の面白さも含めて、パリ旅行の候補に入れてみてください。企画展「ニコラス・フラメル、紙の錬金術師」は2027年1月24日までです。
基本情報
| 英名 | Musée de Cluny – musée national du Moyen Âge |
| 住所 | 28 rue Du Sommerard, 75005 Paris(入口はサン=ミッシェル大通りとサン=ジェルマン大通りの角付近) |
| 開館時間 | 9:30〜18:15(チケット販売は閉館45分前まで)。第1・第3木曜は21:00まで夜間開館(2026年11月確認) |
| 休館日 | 月曜、1月1日、5月1日、12月25日 |
| 料金 | 大人 12ユーロ/割引 10ユーロ。18歳未満とEU在住の26歳未満は無料。毎月第1日曜は全員無料(2026年11月確認。企画展の開催中は料金が変わる場合があります) |
| アクセス | メトロ10号線 Cluny–La Sorbonne駅すぐ。メトロ4・10号線 Odéon駅、4号線 Saint-Michel駅、RER B/C線 Saint-Michel Notre-Dame駅からも徒歩圏内 |
| 登場作品 | 映画『ハリー・ポッター』シリーズ |
| 公式HP | musee-moyenage.fr |